好転反応

好転反応

好転反応とはなんでしょうか?


 ホメオパシーでは一般にいわれる副作用はなく、安全です。

しかし症状が一時的に悪化するように見える反応として好転反応があります。存在する症状の一時的な悪化ととらえてください。専門用語ではアグラベーションとも呼ばれます。

好転反応は通常はレメディ服用後1週間以内にみられます。その多くは2週間以内に治まりその後改善がおこります。

好転反応(アグラべーション)はよい反応と考えられていますが、中にはこの悪化が非常に強く起こったり、長く続く場合もあります。

しかし、レメディが適切に選ばれている場合には、こうした好転反応の際の症状悪化が起きているときであっても、不思議に患者さん自身の健康感はよく、気分的にはとてもやすらかなことが特徴的です。

体自身に自然治癒力がホメオパシーレメディによって励起されている状態なのですから、健康な感じがおこるにもなんら不思議はありません。

皮膚症状を例にとりましょう。

ホメオパシーレメディが適格に選ばれていればいったんアトピーなどの症状がわっとひどくなることがあります。これは今まで使っていた副腎皮質ホルモン剤などの現代医学が対症療法的に使った、症状を抑圧し見えなくさせてしまい、あたかもつるつるになった皮膚から病気が治ったように見せかけていた皮膚疾患用の薬の、ただいたずらに症状を抑えこんでいた事実に目を向けなさい、という警告の様なものだと考えてもいいでしょう。

この反応に仰天する人はホメオパシーレメディを疑うかも知れません。でもはたして副腎皮質ホルモン剤で押さえていた方が良かったでしょうか。押さえ続けることで引き起こされる腎障害などの深刻な死に至る病を抱えたまま生きていれば、当然他の薬剤が必要になってきます。

病院で症状を訴えれば訴えるほど薬が累積赤字のように増え続ける医療費泥棒のような経験をして心苦しく思っている老人もたくさんいます。薬などこれ以上ほしくないのに老人医療は負担が低いので患者さんの懐も痛まないせいか、病院はここぞとばかり薬を出しています。

そんな状況は医療費削減の折、どこかで断ち切らなければならないのですが、病院にあしげく足を運ぶ限りまるで悪の連鎖のようにいらない薬がガンガン増えるのは目に余るものがあります。朝昼晩と飴玉のように薬を飲んでいる老人の何と多いことか。

ホメオパシーの好転反応をまるで性悪な女のようにいう医療関係の人々は自分たちがなにも考えずに薬の足し算をしていたことなどなかった事にして、一方で、ホメオパシーの正直な好転反応を目の敵にしてしまうことはナンセンスでしょう。

好転反応を悪玉にするよりも現代医学で不幸になっている方を重視すべきでしょう。薬の持つ副作用はたくさんあります。抑うつや精力減退、不眠や動悸、意志力の低下と震えやしびれ、めまいに食欲不振、潰瘍や便秘、精神疾患や無気力など、あげればきりがありません。こんな思いをしてまで飲んでいるのに慢性疾患は依然として治らない現実をきちんと把握してほしいと思います。

ギリシャ、ヒポクラテスの時代から言われていることに、医療には二つある、一つは症状を押さえて見えにくくするも、もう一つは同じものを使って治癒させるもの、と。

ホメオパシーレメディによる好転反応は痛ましく押しつぶされた生命力が症状として現前させた病気に対抗するために表現された最後の反乱の形です。同じものを使って癒すという、医療のもう一つの方法を適用させる方法なのです。

症状は本来人間にとって好ましいもののはずです。というのも症状が自分に病気を教えてくれるからなのです。無通症の子供は痛みを知ることができないので、人から見れば大ごとにいたってしまうような行動を平気でとってしまい、高いところから飛び降りても痛くないがために無謀なことを平気でしてしまい、その大ごとな所作が禍して早死にしてしまうのです。

症状という大事な教えがない場合の暴挙がこれにあたるのですが、病気になった場合、この症状が教えてくれる物をきちんと受け止め共感をもって対処できさえすれば、病気の治癒は案外簡単なものなのではないのでしょうか。

病気について最も重要でありながらもっとも知られていないことは、どんな症状があろうが、それは何らか病的な症状を引き起こした障害に最大限に適応しようとして適応できなかった生命力バイタルフォースの自己犠牲の姿なのですから、その自己犠牲をしなければならなかった事情や物語を理解共感し慰めをもって消し去ってくれるような人なりものなりがありさえすれば、事足りるわけです。

ホメオパシーレメディは、病気を最大限の共感で受け止めることが可能な(似たものが似た者に寄り添い深い共感を持つのと同じ含みで)病気の物語を聞き、ともに手を取り合うような形でホメオパシーレメディという乗り物に乗せ宇宙のかなたに運び去り成仏させてくれるものなのです。

何と深い共感の世界なのでしょうか。

このような状況にごく自然に到達できるのがホメオパシーです。だからホメオパシーレメディのほんのわずかで一時的な好転反応に目くじらをたてるのもどうかと思われます。きちんと選ばれたレメディならば、一時的な好転反応の時期を過ぎれば症状はぐんぐんよくなります。それまで使っていた抑圧的な薬剤を必至で押し出していくような涙ぐましいバイタルフォースの最後の戦いだと言ってもいいでしょう。

要するに好転反応はたとえあっても、そしてそれがひどくても、不思議に患者さんは気持が落ち着いているものです。ここを目安にしてください。辛いだけで不幸せな状態ならば、それは好転反応ではないかも知れません。案外不適切なレメディのプルービンングである可能性も無きにしもあらずです。


プルービングは健康なボランティアによるホメオパシーレメディのテストをいいます。ホメオパシーレメディを使った人体実験です。膨大な数の人間を使ってレメデで何が起こり何が起きないかをリサーチしていき、マテリアメディカという薬物集を作る参考にします。

ですからオパシーレメデを飲む人は、だれでもプルービングをおこす可能性があります。感受性の高低、生命力の強い弱いでプルービンングの現れ方が違います。

こうしたことを考慮すると、レメディ服用後に今まで経験のしたことない、あるいは現在の症状以外の新しい症状を持つようになった場合、またその新しい症状が病気の経過にみられない場合は、レメディによってプルービングが引き起こされていると考えられることがあります。

このとき新しい症状はレメディの症状像に含まれているものです。  より健康な人、敏感な人は一回のレメディ服用でもポテンシーによってはプルービングをおこします。 

単なる興味から試しにホメオパシーのレメディを服用することによってあらたな症状を引き起こすことになります。

こういうことを考慮に入れても、ホメオパシーレメデイを的確に選ぶ力量が問われることになります。好転反応なのかプルービンングなのか、専門的なホメオパスならわかります。好転反応だと見なされれば、いい方向でバイタルフォースも的確に作動しているはずですから、その頼もしさに脱帽したくなります。好転反応がきちんと起こればおこるほど、病人の治癒は高まります。いわば本来の自分の姿に戻っていけます。

いたずらに好転反応を恐れる必要はありません。実際何にも起こらないようにみえる事もあります。

でも深く学んだホメオパスなら、起きていることが好転反応なのかプルービンングなのか見分けがつくことでしょう。

いずれにせよ、好転反応は治癒への重要な道筋です。使用しないテはないでしょう。赤い実をお酒に浸して作るふくいくたるお酒ならば、ここでいうことの好転反応を何かにたとえられるかも知れません。

あれこれ好転反応に関して議論するのはホメオパシーの初歩的な縄張り争いと似ています。

ホメオパシーレメディがきちんと使われることの大切さを理解し、患者さんのはなしに多大な共感が寄せられるならば、たとえ好転反応が起ころうともうまく乗り切れるでしょう。そして患者との信頼関係ができてさえいれば、好転反応が現代医学には決してない生命力からの大きな贈り物であり、幸せな健康との未知との遭遇だということを、ここで理解し合いたいものです。


好転反応についてオルガノンを参照しつつさらに考察すると

? 好転反応 ? アグラベーション/ Homeopathic Aggravation (オルガノンをめぐって)
 

ハーネマンの著書オルガノンに、病気がどのように治っていってほしいのか、その理想的な治癒について記されているところがあります。

いわばホメオパシーがホメオパシーであるべき基本的な原則を述べているところです。

§2、医師の唯一の使命は、速やかに、穏やかに、持続的に治療することである

ハーネマンが生涯をかけて追究した理想郷がここにはあります。

ホメオパシーの実践において、
好転反応
(一時的悪化)という現象があるのは、いたしかたないこと、そのあとに症状が目覚ましく快方に向かう、とするやり方が一般的なホメオパシーの理解になっています。

アグラベーションが起きることは、正しいレメディーを選ぶことができたサインだと、みなすのが一般的な傾向なのです。

ですが、§2にてらしあわせてみると、これも程度問題ではあっても、あまり好ましいいことではないような気がします。

その時に選んだポテンシーが果たして妥当だったかどうかについては、アグラベーションの強度や持続時間やクライアントの苦痛なども考慮しなければなりません。

レメディーを正しく選べたとしても、ポーテンシー(レメディーのエネルギーの強度)が正しかったかどうか、ということに関しては疑問が残ることも考慮しなければなりません。

実際臨床で、前回のポテンシーではアグラベーションがきつすぎたクライアントに、次回は、他の種類のレメディを選んだにせよ、一段と低いポテンシーを使うというやり方で訂正している有名なホメオパスがいました。

正しいレメディとは、種類はもちろんのことですが、正しい強度ということも考慮されなければいけないことになります。

一方、間違ったレメディーを選んだ時、それもエネルギーの大きいものを与えてしまった場合には、やはりアグラベーションが起こります。このときの一時的悪化は、健康になっていくための体の揺れではありません。単なる悪化にすぎないのです。

同時に数種類のレメディを与える流派では、こうしたことがよく起きているのが現実です。このやりかたでは、ひどい症状を解毒しようにも、どのレメディにポイントを当てればよいのか、ホメオパスにもわからなくなってしまうのです。

体に優しい治療を追及していたハーネマンですから、アグラベーションを体験することなしに健康を取り戻すのが何よりの目的だったはずです。

彼がホメオパシーの方法論を改良し続けて行った理由もそこに見られます。理想的な治癒を目指す時に、このことは特記すべきことです。

オルガノンの版を重ねるたびに、ハーネマンは迅速に速やかに病が癒えるべき理想を追及し改良を加え続けていきました。

こういう理想を掲げてまい進したハーネマンにならい、クライアントに優しい治療を思えば、アグラベーションに対する考え方もとらえなおす必要があるかも知れません。

アグラベーションとは、治るためには避けて通れないもので、必然的な通過儀礼のようなものだという考え方も、200年のホメオパシーの歴史の中で改められてもいい時期に来ているかも知れません。

30C、200C、1M、10M、50M のドライポーテンシーを粒でしか与えない、とするホメオパスがいます。

日本の某ホメオパシースクールでは、それ以外の低いポテンシーやLMポテンシーも扱わなければ、使い方を教えることもありません。

煩雑になる、あるいは指導的ホメオパスの方法論を踏襲する、というのがその理由なのか、それとも確固たる理由があってのことか、オルガノン第6版の理解の仕方に違いがあるのか、オルガノンをドイツ語原典から理解したわけではなく沢山の解釈の枝別れに翻弄されてしまっているのか・・・不明です。

今までのやり方を変えてみることは誰も気がつかないかのように、大きなドグマの下に限られたやり方に汲々している印象もあります。

学ぶ側も経験が浅いし危険も冒したくないわけですからそれに従います。これでは制限が大きすぎるような気がします。

ガンの方に30Cから始めて水ポテンシーに移していく方法で、臨界点を体験したケースがありました。ガンという特殊な状況で高いポテンシーを使えない時に試みてもいい方法だと確信したケースでした。

人それぞれで感受性のレベルは違います。それぞれの個性が違うのですから、当然クライアントによっては、ドライポテンシーでは、アグラベーションが長期にわたリひどくなる可能性もあります。

不快で長く続き健康感もないようなアグラベーションを絶対に起こさない、もし起きても、すぐ消すことが大切です。

ハーネマンがオルガノン第6版で確立したLMポテンシーという方法は、ハーネマンがいかにアグラベーションを嫌い、患者に優しい究極なポテンシーを追及し続けたいたかを如実に表している一つの大きな到達点だったとも言えます。

世界のホメオパスの中には、LMポテンシーしか使わない者もいます。

そのポテンシーなら、希釈、振とう、服用回数のどれをとっても、クライアントに自己管理を任せられる、とする姿勢なのです。

病とは、自らが病として表現せざるを得なかったものが表現されている
にすぎないのです。

ならば、その治癒の過程に自らが参加し、自らを癒していく道筋をたどっていく意思を持ってほしいものです。

たとえば生活習慣、人生観、生活環境、人間関係の見直しです。

人は、病を得てしまった存在のあり方(Way of being)を見直すことで初めて真の健康に至れるのですが、ホメオパシーとは、その病への大いなる気付きの旅で、クライアントの背中をそっと押してあげられるものなのです。

病になったのも自分、治っていくのも自分です。

誰かに何かをしてもらおう、と頼っている限り病は癒えていきません。

ホメオパシーの世界観には、こういう厳しさもまた、癒しの道のりの中に含まれているのです。




光の扉を開けて・・・SAHHOが目指すクラシカルホメオパシー
つまり、いいたいことをまとめます! 「好転反応はのぞましいもの?ではありません」!








いわゆる「好転反応」をホメオパシー的に好ましいものとして認識するのは、ホメオパシーの原理からはそれています。

ハーネマンは「Homeopathic aggravation」としてホメオパシー的な悪化と表現していますが、これは治癒の障害となるものなので、できる限り起こしてはならないものだと語っています。


2つの「Homeopathic aggravation」について


その1、「Similar aggravation」

●患者の主要な症状が一時的に増強することで、

●レメディーを与えた後の初期アクションとして起こり、それは

●ホメオパシーレメディーが患者の全体像と完全に合致していないから起こる現象である。それは、

●レメディーがマッチしていても、その他の要素の面で大きく合致から外れている場合に起こりる。その時には、

●レメディーが患者の本来の病気に共鳴して病気を打ち消すには、病気のエネルギーよりある程度レメディーのエネルギーが大きい必要がある(ポテンーやドーズのサイズの大きさ)。大きすぎても小さすぎてもいけない。このときに、レメディーのエネルギーが病気のエネルギーよりも大きすぎると本来の症状悪化が起きてくる。

●これにより、一次反応が病気の作用の閾値を越えて過剰になり、初期のアグラベーションを起こしてしまう。反作用としての2次反応は1次反応とは反対の方向に同じエネルギーの大きさで振幅する。

●結果、場合によっては治癒が非常に遅れたり、患者に大きなダメージを与えてしまう場合がある。

●これらが起こった場合には、短期間で消滅しなくてはならない(これらがいわゆる好転反応と称されている)

●これらはレメディが完全に患者にマッチしていないことから起こる現象であり、

●もし患者を苦しめ続けた場合には、間違ったレメディーの投与の可能性があることになります。



その2、「Dissimilar aggravation」
    本来的ではない患者の症状の悪化や新しい症状の出現など

●患者のSusceptibility(感受性・罹病性)により、感受性の高いクライアントでは、プラシーボ効果も引き起こしやすい傾向があります。

●その際には間違ったレメディーに対しても過剰な反応をする場合があります。

●プラシーボになるか、または非類似の悪化になるかどうかの線引きは、患者の許容量を超えたレメディーのエネルギー値に依存するものだといえます。




単なる症状の悪化について


上記の2つのHomeopathic Aggravationには入りません。

症状の増長が持続的で、1~2ヶ月経ってもその症状が進行していきます。


まとめとして

レメディをとった時の反応は「好転反応」という拠出不明な言葉ではひとくくりにできない多様性があります。

好転反応という言葉で、あたかもレメディの反応には必ずやそうした反応が起こらなければならないと信じ込まされていたり、そうした反応があれば、どんなに長い間その反応の下にあったとしても、逍遥としてそれらを受け入れ甘んじて殉教者のように従い続けなければ病を終えることは不可能である、とおもいこまされてしまっていたら、それこそホメオパシー的な世界観からは最も遠いところに追いやられているのだ、ということに、早く、気がついて欲しいものです。


さらにまとめて、ホメオパシーが抱えるリスク(副作用)について 

西洋医学の副作用とは異なるので、リスクと言った方が適切かもしれません。

アグラベーションとプルービングのことになります。

アグラベーションは
症状が改善する段階で、かつての悪い状態に一過性で戻る状態を指す。その症状は過去に経験したものであることが一般的です。これを称して好転反応という言葉が与えられているのが現状です。

プルービングは、
本人に今までなかった新たな症状が出てくること。その症状は、レメディーそのものの特徴と同じです。例えば、ベラドンナというレメディーの特徴であるズキズキする頭痛が、ベラドンナを服用して、初めて生じるというようなことです。過敏な人によく見られます。

こうしたホメオパシー専門用語のアグラベーションやプルービングという言葉は、安易に用いるべきではないことを明記しておきます。

その症状が、アグラベーションでもプルービングでもなく、ただの症状の悪化だった場合もあるからです。

安易にこれらの言葉を使っていると、症状を放置して悪化させる危険性があるからです。

これら症状の見極めはかなり難しいので、医学的な判断が重要になり、慎重に行う必要があります。

すべてのホメオパスがこうした医学的判断を適切に行えるか否かは、受けた教育の内容程度もさりながら、時と場合によっては適切な応対も必要になってくるのは当然の成り行きになります。


光の扉を開けて・・・SAHHOが目指すクラシカルホメオパシー



光の庭のこどもたち・ホメオパシー用語集トップ